子供は障害者に差別や偏見なく助け合える!親は見習うべき!

2016/03/08

仲良しの子供
障害者と聞いて皆さんはどんな様子を思い浮かべますか?

障害には、車椅子や杖を使っているなど目に見てわかる障害と、知的、発達、内疾患といった見た目にはよくわからない障害があります。

当事者でないと気づかないようなことで、知らず知らずに差別をしていて相手を傷つけてしまっている場合があります。逆の立場だったらどんな気持ちになるでしょうか…

あるいは偏見から出る言葉や態度を故意に、純真無垢な子供に押し付けたりしていませんか?障害者差別はますます複雑化し一向になくなりません。

平成28年4月1日から施行されることになった「障害者差別解消法」についてお伝えします。子育て中のママにも是非知っておいていただきたいです。

子供と親では、障害の受け止め方がこんなに違う

大人は様々な社会経験から、障害がある人と障害がない人を全く別人のように思うフシがあります。

背が高いか低いか、太っているか痩せているか、近視か乱視かといったことで差別心が生まれるでしょうか。

どこにでもたくさん例のある違いには偏見の気持ちは生まれにくいのです。

大勢の中に少人数だからこそ、その違いが目立ち「私たちとは違う」と思い始めるのです。

幼い子供社会では障害は個性と受け止めている

世の中のことをまだよく知らない子供たちにとって、障害のあるなしというのはその子一人一人の個性・特徴と捉えていますからそこに偏見はありません。

例えば知的障害や発達障害がある友達は、「こだわりのある友達」「のんびり屋さんの友達」「怒りっぽい友達」というように、お互いの性格が違うだけのように受け止めています。

幼稚園で個人サポートの先生がついていても、障害があるからということではなく、「一人より先生のお手伝いがある方が上手にできるから」と理解し、自分も手助けしてあげようと、単純明快にほかの友達同様に助け合うことができます。

子供は素直に「友達を助ける」という、尊い気持ちが自然と湧いてくるのです。

親は障害者のことを他人事とし、関わりたくないと思いがち

もし、近所や幼稚園に障害児がいたら「なんとなく関わりたくない」「ややこしそう」「接し方もわからない」と、こんな気持ちを抱きはしませんか?

当事者じゃなければよくわからないのは当たり前です。ですが、ほかの子供達と同じように挨拶したり声をかけたり見守ることは自然な行為です。

もちろん障害があっても子供同士の関係に親が口出しするのはおかしなことですし、接し方が分からなければ、我が子や先生にそれとなく教えてもらう必要があるかもしれません。

コソコソしないでオープンな気持ちで関わろう

当事者にとって、陰でコソコソ言われているのを感じることはとても辛く悲しいことです。

そのお子さんがどんな障害があるのか、またお子さんがどんな性格や特徴があるのか素直な気持ちで挨拶しながら少し聞いてみるといいですよ。

もし我が子に障害があっても、子供同士友達に普通に話しかけられたいですし、他のお母さんとも幼稚園での話や近所のスーパーのセールの話など、普通に会話を楽しみたいと思いませんか?

例えば、立ち話で「うちの子は今ミッキーマウスにハマってて度が過ぎて困ってるけど、〇〇ちゃんは何か好きなキャラクターとかあるの?」とか、「私は韓流ドラマが好きなんだけど○○さんはどう?」とか、まず明るく言葉を交わすことです。

今好きなものや興味のあるものなど他愛もない内容で、お互いを少し知ることができるだけでも距離が少し近くなります。

顔見知りになれたら、「勉強不足で知らないことばかりなので、気を悪くせず教えて欲しいんだけど、○○ちゃんはどういった障害があるの?」とズバッと聞いてもいいと思います。

「役に立てないかもしれないけど、手伝えることがあれば言ってね。」と一言添えると安心してもられるかもしれません。

あくまでもカラッと他の人と同じ感じでOKです。「大変ね」「可哀想に」など同情するような言葉は必要ありません。

このような言葉がけをすると上から見下したようでかえって失礼にあたります。

不思議に思われる方もいるかもしれませんが、特別視せず、他のお友達と同じ!並列な関係でいいのです。

「私達とは違う」というおごりの気持ちは今すぐ捨てよう

そもそも「障害」というのは生まれ持ったものだけでなく、交通事故にあった、高齢になって持病が障害となったなど、誰にでも起こりうることです。

決して他人事ではなく自分や家族もいつ「障害者」と世間で言われる立場になるかわかりません。

誰にも優しいユニバーサル社会は、心のバリアフリーが大切

ユニバーサル社会って聞いたことがありますか?「年齢、性別、障害の有無、文化などの違いにかかわりなく、だれもが地域社会の一員として支え合うなかで安心して暮らし、一人ひとりが持てる力を発揮して元気に活動できる社会」のことを言います。

街なかの段差が減ったり、自動販売機の入金位置が低くなったり、点字表示がしてあったりと、ハード面が整備されてきても人の心「思いやりや気づかい、優しさ」といった部分が抜け落ちていては成熟した社会とは言えません。

子供達のように偏見なく、人間同士尊重しあえる大人になりたいものです。

しかし、差別や偏見が無くならないことから、「障害者差別解消法」というハッキリした法律が必要になってきたのかもしれませんね。

偏見の目で見るということは人として恥ずかしい姿

「差別や偏見をやめましょう」といったスローガンをよく聞きます。この「偏見の目で見る」ということが、どういう意味か言葉を変えてみると、どれだけ情けないことかよくわかります。

  • ゴミを見るような目で見る
  • さげすむような目で見る
  • 軽蔑の眼差しで見る
  • 冷ややかな視線を向ける
  • うすら笑いを浮かべる
  • 舐めきった顔をする

嫌な言葉ばかりですね。このような顔になってしまってはいませんか?子供たちにこんな顔をして欲しくありません。

そのためには親がこうならないことです。偏見と差別の不愉快な感じがご理解いただけたでしょうか。

子育てママは必ず勉強しておこう!障害者差別解消法

「障害者差別解消法」は障害のある人への差別をなくすことで、障害のある人もない人も共に生きる社会を作ることを目指しています。

この法律は、平成28年4月1日からスタートします。

リーフレット
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/pdf/sabekai_wakariyasui1.pdf

障害を理由に差別するってどんなこと?

障害を理由として差別するとはどんなことを指すのでしょうか。

それは、障害を理由にサービスの提供を拒否したり、制限したり、条件を付けたりして差別することです。

一般の人と明らかに違った不当な対応ということですね。

この法律のポイント は、「不当な差別的取扱い」と「合理的配慮の不提供」が禁止されることです。分かりやすく具体例を上げてみましょう。

【不当な差別的取扱い】

  • 障害があるからと、スポーツクラブや習い事教室の入会を断られた
  • お店に入ろうとしたら、車椅子を利用しているからと断られた
  • アパート契約で、「障害がある」と伝えると契約してもらえなかった

【合理的配慮の不提供】

  • 災害時の避難所で、聴覚障害の人がいることが分かっていながら、情報が音声によるものだけだった
  • 役所の会議に呼ばれた時、わかりやすく説明してくれる人が必要だと伝えていたのに準備がなかった
  • 電車の乗り継ぎの方法を職員に聞いたが、わかるように説明がされなかった

合理的配慮をもっとやさしく説明すると、障害のある人が困っている時に、その人の障害にあった必要な工夫ややり方を相手に伝えて、それを相手にしてもらうことです。

障害の内容によっては、筆談や読み上げなど、ちょっとした配慮で助かる人がいます。

もちろん障害のある人の側もどのような配慮が必要か伝えなければ、周囲の人に気づいてもらえないこともありますから、相互のコミュニケーションが大切になってきますね。

役所と会社・お店などでは適用が少し違いますので注意!

役所では適応が厳しく、日常生活での適応は少しゆるく努力義務の部分もあります。

  • 役所
  • 「不当な差別的取扱い」「合理的配慮の不提供」両方してはいけない。

  • 会社・お店
  • 「不当な差別的取扱い」はしてはいけない。「合理的配慮の不提供」は努力義務。

ただし、合理的配慮のためにはお金がかかりすぎるとか、すぐに対応できないことであったりする場合、他の工夫ややり方を考える必要があります。

内閣府のホームページで詳しい内容や各種リーフレットが紹介されています。

内閣府HP 
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html

親は子供たちを見習って、心の障壁・バリアを取り除こう!

子供たちは幼稚園や学校の先生の指導のもと、正しい人権教育を受ける機会に恵まれています。

ところが親、祖父母といった周辺の大人たちは、地域によっては自治会やPTAで人権研修を受けたりすることもわずかながらあるようですが、ほとんどそれを学ぶ機会がありません。

障害者を指して親が子供に「あの子はかわいそうな子」「あの子と遊ぶのやめなさい」「障害がうつるから近寄ってはダメ」とか言ったりする親御さんを目にします。
ひどい親になると「あの子は頭がおかしいから」と言い放つ世の中なのです。

心ない言葉やジロジロ哀れみの視線、障害者を擁護されるべき気の毒な存在と捉える感覚は、差別以外のなにものでもありません。

障害のある友達を純粋に受け止めて生きる子供達に、大人の間違った偏見の押し付け、刷り込みは絶対やめましょう。

心のバリアをなくす一番の近道は、他人事でなく我が事として、相手の立場に自分を置き換えて感じることです。

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