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自己肯定感の低い子供になる原因とは?絶対に必要な無条件の愛

2015/03/20

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自己肯定感の低い子供が増えている、と言われています。まだ小学生なのに、「自分は絶対に愛されている」「自分はこのままでここにいていいんだ」という気持ちを持っていないのです。

自己肯定感を育てるためには、乳幼児期に無条件の愛情を与えられることが、とても大切だと考えられています。

増えている、保健室登校や不登校の子供

クラブ活動のお手伝いなどで、週に1回程度小学校に行っています。

保健室の前を通ると、必ず数人の子供がいるのが見えます。ケガをしたり、体の調子が悪かったりするわけではなさそうな子供たちです。

「今日、○○ちゃんいつも保健室にいるのに久しぶりに教室に来たんだよ。」とか「3時間目の授業だけ受けて、保健室で給食食べて帰っちゃった。」など、「保健室登校」の子供がいることを、子供たちは日常的に当たり前のことと捉えているようです。

各学年にギリギリ2クラスという、人数の少ない小学校ですが、どの学年にも不登校の子供以外に、保健室に登校している子供が何人かいるというのです。

幼児期に不登校の話は関係無い?

「不登校や保健室登校なんてそんな先のことを言われても、今は幼い子供の育児で手一杯。それどころじゃないわ」と思っていらっしゃいませんか?

残念ながら、今、不登校の子供たちの多くは、知能に障害があるわけでもなく、体の成長が遅れているわけでもなく、不登校になるまでは普通に生活していた子供たちなのです。

直接のきっかけとしては、友達とケンカした、とか、悪口を言われた、など人間関係のことや、勉強がわからない、先生に強く怒られたなどいろいろな原因が挙げられると思います。

でも、すべての子供が悪口を言われたからといって不登校になるわけではありません。なぜ、あの子供たちは学校や教室に行けなくなってしまったのでしょうか?実は、乳幼児期の子育てと不登校には、深い関係があるのです。

もちろん、不登校の原因の全てが乳幼児期の子育てや家庭に問題があるといっているわけではありません。

たくさんのことがつながって原因になっていると思います。私たち大人社会の中で、思いやりの心や、本当の意味での豊かな人間関係が失われてしまっていることも、大きな原因の一つでしょう。

けれども、不登校になってしまってからの軌道修正しようと思っても、なかなかうまくいきません。悩んで、辛い思いをしているご家族がたくさんいらっしゃいます。そして、子供はもっともっと辛くて悲しい思いを抱えているのです。

多くの不登校や保健室登校の子供たちは、乳幼児期に十分に心の成長ができなかったため、教室にいられなくなってしまったと考えられます。そうだとしたら、乳幼児期の子供たちの心が十分に成長するように、どのように子育てをしていけばいいのでしょうか。

とても悲しく、辛いこと

今、学校には「心の相談室」や「カウンセリングルーム」など様々な名前の部屋があります。子供たちが心を休めるための部屋です。時々ボランティア活動に行く中学校などは「悩み相談室」が1番から5番まで、5部屋もあるのです。

年々とまでは言いませんが、最初は1部屋だったはずの「相談室」が増えていっています。「相談室」といえば、昔は悪いことをしてお説教されるとか、反省文を書かされる部屋だったのですが。

それが、今は「使っています」という札がぶらさがっていない部屋が無いくらいなのです。本当にたくさんの子供たちが、自分の居場所がなくて悩んでいます。それは、思春期、青年期まで、大人になってもずっと続いていきます。

今日の気持ちは「イヤな気持ち」

ある小学校の保健室の先生が、保健室に「感情シート」というものをかけていらしたそうです。自分の今の気持ちを表してもらうためのカードです。

  • 元気いっぱい 気分すっきり 楽しいこといっぱい
  • かわいがられている 大事にされている 幸せ
  • 淋しい 悲しい ぜんぜん 楽しくない
  • イライラする 我慢できない

などの言葉が、それにあった表情の顔のイラストと一緒に書かれています。十数種類のカードがあるそうです。

保健室に来た子供に「今日の気分はどれ?」と聞くと「イライラする」「怒っている」などのシートを選ぶ子供が多いそうです。そして、そういう自分の気持ちを人に言ってはいけない、と考えているようだというのです。

「『このままの自分でいて、いいんだ。』というふうに思えない子供が増えているのではないか。」と、その先生はおっしゃっています。

「自己肯定感」を持てない子供達

どうして、まだ小学生の子供が、いつもイライラしたり怒ったりしているのでしょう。しかも、「自分は自分でいいんだ」と思えないのでしょうか。

子供たちは、いつから「子供らしい」のびのびとした健全な心を持ちにくくなってしまったんでしょうね。「自分は絶対に愛されている」「自分は、どんな自分でも、ここにいていい」という「自己肯定感」を持っている子供が少なくなってしまったのは、どうしてなのでしょうか。

できれば子供たちには、いつも安心して元気いっぱいに遊んだり、学んだりしながら、健やかに成長していってほしいと思っています。そしてそれは、自分の子供だけではありません。

でも、地域の子供たちを見ていると、

  • トゲトゲしている
  • 飽きっぽく、反応が薄い
  • 比較や攻撃が多い
  • 気持ちが不安定
  • 自分で考えられない
  • 人の批判ばかりする

など、心配な印象を持ってしまうことが多いのは事実です。

そして、それが小学生より小さい子供たちの中にも見られるようになったのは、ここ数年のことでしょうか。その子たちの心の中はどんなだろうと思うと、本当に悲しく、辛い気持ちになります。

「母性と父性」

最近、「母性と父性」について語られることが多くなったのは、こういった子供たちの姿と無関係ではないと思います。

「母性」と「父性」、実は、辞書で調べてみてもたいしたことは載っていません。書いてあるのは、「父性」―父としての性質、「母性」―母としての性質。何じゃそりゃという感じですね。

「母性」と「父性」ではなく、「無条件の愛」と「しつけ」というふうに考えると分かりやすいかもしれませんね。母親だから母性、とか父親だから父性というわけではないような気がするからです。

母性=母親、父性=父親ではない

あくまでも私の一家庭のことですが、ある部分では、私より夫の方が子供を無条件に受け入れていると感じることがあります。そして、あるときは、私のほうが社会のルールについて厳しく考えているところがあるようにも感じます。

母性=母親である必要はない。母子家庭だから、父子家庭だからといって、母性と父性の両方を与えられないわけではない、ともいえるかもしれませんね。実際、シングルでも愛情深い家庭で、いい子育てをしている方もいらっしゃいます。

「自己肯定感」を子供に与えてくれるもの

子供の心の健やかな成長には、「母性」と「父性」―「無償の愛」と「しつけ」の両方が必要です。無条件に愛情を注ぐことはずっと必要ですが、ある程度大きくなってきたら、社会のルールも教えていかなければいけません。

でも子供の心は、自尊心を育ててからではないと、うまく成長できなくなってしまうようです。家族との信頼関係ができる⇒自分を丸ごと受け入れてくれる家庭がある、自分はかけがえのない自分なんだと思えることが大切なのです。

「将来のために、こういうことができる子供でなければ」や「こんな子に育って欲しい」など、どんな親にもいろいろな願いがあるでしょう。

けれども、それに一生懸命になるあまり「ちゃんとした子供にすること」にやっきになっているお母さんが多いように思えます。

乳児期は親の愛情あふれる保護が大切です。幼児期…人としての基礎的な発達を遂げるといわれている1歳から6歳までの間も、「ありのままのあなたでいいんだよ」という無条件の愛情が必要です。子供をまるごと受け入れる愛情がどうしても必要なのです。

幼い子供は、よくお母さんを振り返ります。お母さんに、いつも笑顔で見守っていてほしいのです。お母さんが笑顔で見守ってくれているからこそ子供は安心して、信頼する心や、自分に自信を持つことや、ありのままの自分でいいんだ、という心を育てていけるのです。

そして、幼児期にしっかりとした自己肯定感を持てた子供は、「しつけ」や「社会的ルール」を受け入れられるようになります。

それは、お母さんと子供の間にしっかりとした信頼関係ができているからで、一番最初の人間関係がうまくいっているから、次の人間関係を受け入れていける、ということなのではないかと思います。

無条件の愛情で受容する

どうか、お母さんは子供を受容してください。あなたは、ありのままでいいんだと、見守ってあげてください。

子供が振り向いたときいつも笑顔で見守ってくれているお母さんでいてください。

「こんな子にしなきゃいけない」と、しつけばかりに一生懸命になるのも、放任過ぎるのも両方よくありません。しつけだけでは、子供の心は育ちにくいのです。

また、親がお友達としゃべるのやスマホやゲームに夢中で、子供が何をしているのか全く見ていない。なにかトラブルが起きた時だけ、理由も聞かずに怒る。謝らせる。こういった親子関係をよく見ますが、これでは親子の間に信頼関係が生まれるはずがありませんね。

子供を見守れないお母さん

園庭で子供が遊んでいる間、子供に背を向けてずっとしゃべっているお母さん。

帰る時間になったので「もう帰るから、○○ちゃん見てあげてね。さっきから、逆上がりしたいってがんばってるんだけど。そばに大人がいないと危ないから。」と、○○ちゃんのお母さんのところに言いに行きました。

すると、そのお母さんは、ずかずかとその子のところまで行きました。そして、「もう、うるさいな。」と言って抱き上げて、鉄棒をぐるっと回らせると「これでいいんでしょ。」と言って、急いでまた友達の輪の中に帰ってしまったのです。

もしかしたら、私の方が少し責めるような言い方をしてしまったのかもしれません。「もう、うるさいな。」というセリフは、子供ではなく、私に向けられたものだったのかもしれません。

その子がまだ一人で逆上がりできず、何回も何回も、お母さんの方を見ているのを知っていましたから、「なんで一緒にいてあげないんだろう」と、内心すごく腹が立っていたのです。

子供同士「こうしてみたら」「がんばれ」などと言いながら、練習していましたが、やっぱり、お母さんに見ていてほしいんです。

逆上がりもできるようになりたいでしょうが、逆上がりができない自分を受け入れてくれるお母さんを求めているのではないかと思います。無条件の愛で、自分を受容して欲しいのです。

母性と父性、両方あるといい

男性と女性は、考え方や筋肉の量や、いろんなことが違います。子供への対し方も違っていて、当たり前ですよね。男女は平等であるべきだとは思いますが、「平等」ということは、「同じ」というわけではないと思っています。

母親である私は、いろんな子がいていいんだから、どの子もそれぞれのびのび過ごさせてやりたいと思って子育てしています。

父親である夫は、「俺がいなくなっても、自分で生きていけるようにするのが、俺の子育ての目標だ。人生には、必ず壁に直面するときがある。その時に、壁を越えていける強さをもっているようにしてやりたい。」と言います。「おまえは甘い。」とも言われます。

両方、子供にとって大切なことなのだと思います。

ところで、不思議に思ったことはありませんか。「お父さんて、いつ『お父さん』になるんだろう。」と。

母親はお腹の中で赤ちゃんを育て、胎動を経験し、大変な出産を経て我が子を腕に抱きます。

出産後も、「子供の体重が増えないのは、母乳がちゃんと出てないのかしら。」「便秘になったら、どうすればいいの?」など、悩みやわからないことが、いくらでもでてきます。

おまけに、毎日同じことの繰り返しでもおかしくならないように、忘れっぽくなるホルモンまで出して、育児と格闘します。

それにひきかえ、父親ができるのは、せいぜい哺乳瓶を使うとか、あやすとか、おむつ替えぐらいですよね。それも家にいる間だけ。そんなことぐらいで、母親と同じ愛情が持てるわけがないような気がするんです。

夫に胎動が少しでもわかるようにと、お腹に手を当ててもらったり、お腹とお腹をくっつけたりしたこともあります。すると「おお!蹴ったぞ!」などとはしゃぎます。

でも、お腹を蹴られてるのは母親である私です。赤ちゃんがこんなに元気で、私のお腹の中で生きて動いてくれている、と思うあの気持ち、男性にわかるわけがないと思いませんか。

だからお母さんは、母親であることに誇りを持っていいと思います。「私はダメな母親」なんて思わないで。子供は、どんなお母さんでも、お母さんが大好き。世界一大好きですから。

お母さんも、どんな子供でもありのまま受け入れて、愛情を持ってくださいね。

愛情を持ってありのままの子供を受け入れると、子供を「ああさせなきゃいけない。」「こうさせるべき」ということばかりが気になることは、なくなるかもしれないですね。

お母さんが、ひとりの人間として尊重してくれるからこそ、子供の中に自尊心や自己肯定感が育つんじゃないかと思います。

そうしたら、今までよりゆったりした気持ちで育児ができるし、見守ることもできるようになるのではないでしょうか。

小学校は父性=しつけの場

小学校は、すでに少しずつ社会的ルールを教えてもらうところ、つまり「しつけ」の場です。自己肯定感を育てられずに小学校に入ってしまった子供は、「しつけ」を受け入れることがとても難しいのです。

「しつけ」を受け入れられないから、「しつけ」の場である学校に適応できず、保健室にしか登校できなかったり、不登校になったりしてしまうのかもしれません。

友人の子供も保健室登校していますが、話を聞いていると「たっぷり愛情をかけてほしいのでは?」と思います。「抱っこしてあげなよ。」とも言いますが、母親本人は全くピンときていないようです。

彼女には、心の中にきちんとした家庭のモデルがあり、そこからはみ出す行動をする子供を、受け入れることができないのです。どんなに「子供なんてそんなもんだよー。」と言っても、だめなのです。

でも、子供のことはとても大切に思っていて、カウンセリングを受けたり担任の先生と話し合ったり、たくさん努力をしています。また、旦那さんが冷静な方で、しばしばヒステリックになる彼女をよく導いてもくれるようです。

それでも、小学校に入ってからでは、子供も自分も軌道修正していくことは難しいようです。受け入れる準備ができていないのに、「しつけ」ばかりの世界に放り出された子供は、不安や困難ばかり感じているのです。

そうなってしまってからでは、子供の自己肯定感を育てるのに、ずいぶん回り道をして時間をかけなければいけません。

乳幼児期には、愛情をたっぷりそそいで、子供の人格を認めて丸ごと受け入れてください。

でも、甘やかせてばかりでは、いつまでたっても自立できないままです。「母性」と「父性」は両方バランスよく与えてあげるのが大切です。

母性である「無条件の愛情と受容」、父性である「しつけ」の両方が必要です。まずは無条件の愛情と受容から、たっぷり与えてあげてくださいね。

そして、夫婦がお互いに支え合うことができるのが一番いいと思います。両親が信頼関係で結ばれている姿は、子供の良いお手本になると思うからです。

家庭で十分に与えられた愛情で、子供は自分の中に、自尊心や自己肯定感を持つことができます。

それは壁を乗り越えていける強さであり、また、他者を思いやる優しい心を持てるということでもあります。自分だけを大切にする社会に、思いやりや信頼関係があるわけがないのです。

一人で不安やイライラを抱えて、心が疲れてしまう子供たちが、一人でも減りますように。

そして、子供のありのままの成長を幸せだと思えるお母さんが増えますように。家族がそれを幸せに思うことができれば、子供は自分の居場所を持つことができるはずですから。

みんなのコメント
  • 匿名ですみませんさん

    こんにちは。
    小学校高学年の子供を持つ母です。
    娘の自己肯定感が低いのが、ずっと気になりながら、ここまできてしまいました。思い切って検索し、よい記事に出会えて感謝です。結局は乳幼児期の親の愛情なんですね。明日から、園児の弟以上に甘えさせてやらねばと思っています。

    私の場合、結婚当初から転勤続きで、旦那は仕事でしばしば家に戻らない生活で、その土地その土地に適応するのに精一杯の中、子育てをしてきました。長女を実家で産んで2か月後、始めての遠い島の生活で、病院や買い物も10キロ以上離れた場所にしかなく、当時車が運転出来なかったこともあり、大変不便で、不安だらけのスタートでした。
    長女は1歳になるころからアトピーがひどく、何とか直してやらねばと色々試す一方、夜中かきむしる子供を見ているのがつらくて、アトピーさえなければと、そのままの娘を受け入れてやることが出来なかったように思います。中学年頃から症状は落ち着きましたが、それまでは、私が妊娠中からもう少し食事に気をつけていれば、、など後悔の連続でした。
    今は、身長も体力も知能も高く、周囲から注目、かつ期待されるような子供なのに、ささいなことですぐ癇癪をおこしたり、どうせ自分はダメなやつだとふてくされたり、家では扱いにくい面があるのですが、小さい頃の埋め合わせというか、もう少し可愛がってやり、期待をかけず、ありのままでいいのよと、おおらかに見守ってやれればと思います。
    ありがとうございました。

  • 匿名ですみませんさん

    先ほどコメントしたものです。大変よい内容で、このように公になるとは知らず、つい感想を書いてしまいました。出来れば、削除して頂きたく思います。すみません、宜しくお願い致します。

  • 通りすがりの18歳さん

    この記事を読んで何だかよくわからない気持ちになりました。自分はいつまでも自分のことを受け入れることが出来ません、不登校もしました。やっぱり自分がいらないように思えてしまいます、自己嫌悪の日々です。でも少しずつ受け入れていこうと思います。

    • 通りすがりの22歳さん

      こんにちは、通りすがりの22歳です。
      僕もこの記事に触れて、自分のなかにもやもやとした何だかよく分からない感情を抱きました。僕も、高校生の時に不登校をし、そこからよく分からない精神状態、性格的な問題で人間関係やコミュニケーション、社会生活に難のある人間に成っていきました。
      通りすがりの18歳さん。こんな自分が言えたことではないですが、僕にはあなたが味わっている苦しみや罪悪感、虚無感のほんの少しかもしれないですが、わかる気がします。不登校とか引きこもりとかという行為であなたという一人の人間の大切さは何一つ欠けることがないということだけは申し上げたいです。あなたという人間をそのまま大切にしてくださいというのは、同じように自己嫌悪する自分としても難しさは感じますが、でもあなたをそのまま受け入れてくれる存在と場所は必ずあります、だからあなたはこの世界で決して一人じゃないということ、どこかで繋がる人がいるということを心の片隅で信じてください。

  • 子どもの笑顔を守りたい保育士さん

    私は保育士です。子どもの自己肯定感を育てる立場である同僚数名が切れて怒る母親のように威圧的に子どもにせっしたり、若い保育士がパワハラで鬱になっても、保育士不足で園長も何も言えず、打開策を教えていただきたいです

    • キラキラ星さん

      私も、保育士。そういう方いますよね。
      私的には、惑わされないようにして、自分の、信念をもった保育を心がけています。
      子どもが、よくみてくれていますよ。
      不安になるときは、勉強をして、自分の信念が、揺らがないように、努力!
      周りにあわせたり、違うのにーと、気にしすぎない。
      社会にでると色々な人が、います。
      自分のことをわかってくれる人ばかりでは、ありません。
      子どもを、侮らなくてよいと思います。
      たくましさをみにつけて、あとは、あなたのように、わかってくれる人を、本能的に、感じ取ります。
      こどもって、たくましいんですよ!

  • 匿名さん

    うちの中学生も、自己肯定感が低いです。
    専業主婦の母親より、祖母に懐き、そこで満たされているようです。
    その場合、むしろ祖母に子育てをお願いして母は消えた方がいいのでは、と思います。
    離婚すれば祖母に見てもらえます。
    離婚してもいいでしょうか。

  • 通りすがりの主婦さん

    自己肯定感…とても大事ですね…私は中学生、小学生の母親ですが、私が自己肯定感が低いという自覚があり、とても生きにくいので、自分の子供がそうはなってほしくなく、とにかくありのままを受け入れる子育てを乳幼児期にしてきました。でも、私自身が自分に自信がないために、子供に自信がなく、周りと比べてしまい、でも子供に悟られてはいけないと苦しんできました。今は自分の子供たちが自分の意見をもち、自分のペースを大事に生きている姿に、自己肯定感の大切さを実感しています。人より特別に秀でたところがあるわけではありませんが、ありのままの自分を自分で受け入れているように思えます。
    私は家族にも恵まれ、幸せなはずなのに、いつも不安で落ち着かない生活を送っています。自分を愛せるようにいつなるのだろう?ともがきながら、いつか幸せな気持ちでいつも過ごせるようになると信じて、今は家族も応援してくれているので自分の仕事を追求する道を選びました。私はかなりの優等生で、親も自慢だったと思います。けれど、ずっと苦しく自分の心の居場所を今もなお、探しています。周りが嫌というほど認めてくれても、自分自身が自分を認められるようにならないと、いつまでも幸せになれないのです。こんな苦しい生き方をしたくなかった…楽になりたい。ありのままを受け入れて、ありがたいと感じて生きたいです。

  • リエコロッケさん

    高校生の息子は不登校ではありませんが、クラスに馴染めず、保健室に頻繁に行っています。自己肯定感もとても低く感じます。
    「ありのままの子どもを受け入れる。」頭ではその通りだと思いますし、そのように努力してきたつもりでした。でも、ありのままに受け入れられた経験のない私には、ありのままに受け入れるということが感覚として分かりません。

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